2018年度中国近世語学会研究総会報告

ご挨拶

 年明けからも寒さが長引いておりましたが、徐々に暖かくなってまいりました。会員の皆様にはお元気でお過ごしでしょうか。
 中国近世語学会2018年度研究集会が、12月8日(土)に愛知大学東京事務所で開催されました。
 今回の研究集会は、個人研究発表とワークショップが行われました。他の研究会や講演会と重なったこともあり、参加者数は多くはありませんでしたが、予定どおりに研究集会を実施することができました。発表者、参加者の皆様に深く感謝申し上げます。
 遅くなりましたが、今年度のニューズレター第2号をお届けいたします。

中国近世語学会
会長 内田慶市
2018年3月12日

2018年度中国近世語学会研究総会報告
日時:2018年12月8日(土)13:00〜17:00
場所:愛知大学東京事務所
参加者数:20人(参加者名簿に記名された方の数)

研究発表報告
1.個人研究発表
『一百条』系漢語鈔本二種の言語
竹越 孝(神戸市外国語大学)

 本発表では、筆者が「『一百条』系の漢語鈔本について」(『汲古』第59号,2011)において紹介した『清語要指』(東京大学東洋文化研究所蔵)、『清文指要漢語』(天理大学附属天理図書館蔵)という年代不詳の鈔本二種を対象として、その語彙語法面の特徴について述べた。
 本発表では、満洲文字の使用、人称代詞、指示詞、語気詞といったトピックを取り上げたが、『清語要指』の方は概ね『清文指要』(1789)等満漢対訳形式の文献と大差のない状態を反映していると考えられるのに対し、『清文指要漢語』の言語は興味深い点が多いため、後者を中心に検討した。二人称代詞の敬称については、“你老”と“你na”が並存し、ほぼ相補分布していることから、“你na”の表記は“你老”の弱化形式を表したものではないかとして、ni-lao > ni-la > ni-na;ni-lao > ni-nao > ni-naという二つの可能性を提示した。また指示副詞では、“這/那”と“這們/那們”が並存することから(前者の方が用法は広い)、“”は“們”の弱化における途中段階を表したものではないかとして、zhe-men > zhe-mei > zhe-me;na-men > na-mei > na-meという変化を推定した。その他、『清文指要漢語』に見られる特徴的な語気詞として、“吧”、“喲”、“波”、“那”、“咧”、“口畧”、“不咂”、“吧咧”等について概観した。

2.ワークショップ
明治維新期の唐通事による西書翻訳 何礼之『世渡の杖』を中心に

1.明治維新期の英語学習と何礼之について
内田 慶市(関西大学)

 明治維新期に西書翻訳に従事したのが、殆どがヨーロッパ留学経験組の洋学者であったために、これまでの研究では唐通事など国内学習組の存在と貢献が重視されて来なかった。明治維新期に政治・経済・法律等の分野の西書を翻訳した何礼之も例外ではない。
 本報告では、蘭通詞・唐通事出身者など国内学習組がどのような環境や教材で英語を身につけていったのか、中国における英語学習の状況とも比較しつつ、長崎を中心に、幕末から明治維新期にかけての日本における英語学習の概況について報告した。

2.何礼之と宣教師の交流について
朱 鳳(京都ノートルダム女子大学)

 何礼之(がのりゆき、1840~1923)は、長崎の唐通事でありながら、いち早く英語学習に取り組んだ数少ない唐通事の一人でもあった。教育家、翻訳家、政治家として華麗な生涯を送った。長崎、大阪と江戸において私塾や幕府の学校で英語教育に心血を注ぎ、多くの西洋書物を翻訳し、晩年国会議員になったりして、日本の明治維新期における西洋文明の受容に大いに貢献した。
 彼の西洋知識の原点は長崎である。また宣教師との交流にある。本発表は、いくつかの先行研究を踏まえながら、宣教師が残した以下の英文資料を考察し、何礼之と宣教師たちの交流を考察したものである。
 1.マッゴウァン(Daniel Jerome Macgowan)の手紙(The North China Herald Feb.24,1859)と随筆(Missionary Magazine ‘Tour to Japan’ Sep.1 1859 )
 2.リッギンズ(John Liggins)の手紙(Nagasaki, Japan, May 26, 1859)
 3.フルベッキ(Guido Herman Fridolin Verbeck)の書簡(『フルベッキ書簡集』 1860−1864)
これらの資料に何礼之が宣教師について英語学習をしたことが克明に書かれている。宣教師との交流は英語学習が中心であったことが分かる。また、唐通事と宣教師との交流の理由は英語学習が大きな目的である。もう一つ必然の理由として、初期に来日した宣教師たちのほとんどは中国での宣教経験があり、中国語が堪能で、来日後しばらく唐寺に住居をおくことが多かったため、日本語の分からない宣教師たちは自然と唐通事と交流する機会が多くなったことがあげられる。
 日本には唐通事らと交流があった宣教師らに関する原典資料がすくないため、今回の研究発表はまだまだ不十分である。今後アメリカにあるこれらの宣教師の書簡、日誌などを調査し、宣教師と唐通事の間で行われた語学学習、翻訳活動に関して、さらに研究していきたい。

3.『世渡の杖』の翻訳の概要と背景
塩山 正純(愛知大学)

 本報告では,まず福沢諭吉、小幡篤次郎、福地源一郎、何礼之らによる翻訳の原典であるアメリカ人牧師ウェーランドによる経済学入門書The Elements of Political Economyの出版事情を紹介した。そして、同書の全訳である福沢諭吉、小幡篤次郎の『英氏経済論』、それ以前の抄訳である福地源一郎の『官版会社弁』(明治4)、何礼之の『世渡の杖』(明治5–7)の同一部分を訳出した箇所を原典と共に比較対照し、大まかな特徴の違いを示した。また、『世渡の杖』が原典の簡約版を底本とすることから、簡約版の該当箇所もあわせて提示した。『世渡の杖』は、先行研究の評伝等によって、唐通事出身の何礼之が卓越した英語力を以て訳出したと評価され、専門書というよりは、一般読者をも対象とした啓蒙書としての役割も企図されていたと指摘されているが、また、本報告では、東京大学史料編纂所所蔵の写真資料を時系列順に整理して何礼之の年譜を紹介し、さらに『世渡の杖』の出版に参画した書肆に関する資料を整理することで、『世渡の杖』の翻訳の背景についてもその概要を紹介した。

4.『世渡の杖』の翻訳−生活用語を中心に
伊伏 啓子(北陸大学)

 唐通事である何礼之(1840-1923)が行った英日翻訳は、同時代の他の翻訳書と比較すると、その漢字語彙に特徴が見られる。
 本発表は何礼之抄訳『世渡の杖 : 一名・経済便蒙』巻之一(1872)に見られるルビの付された漢字語、特に生活用語を整理し、同じ原著(Wayland, Francis (1796-1865) The elements of political economy.)を翻訳した小幡篤次郎(1842‐1905)訳『英氏経済論』1、2巻の漢字語と対照するとともに、唐通事が使用したと思われる英華辞書に収められた語彙も参照し、何礼之の翻訳語彙の特徴を検討した。
 まず、『世渡の杖』巻之一の漢字語には右ルビと左ルビが付されたものがあり、共に大多数が平仮名で書かれている。二字漢字語が最も多く、次いで一字、三字、四字と続く。左ルビの付された名詞の二字漢字語が多くを占めた。次いで、『世渡の杖』巻之一と『英氏経済論』1・2 巻を対照したところ、両者の漢字語は多くが異なることがわかった。また、『世渡の杖』で使用されている漢字語には中国語の口語と考えられることばが見られた。さらに、英華辞書に収められている語彙と両者の漢字語を対照した結果、これらの漢字語の一部はそれぞれ英華辞書の語彙と一致することがわかった。『世渡の杖』で使用されている漢字語のほうが華英辞書の語彙と一致する割合が若干高いが、大きな違いは見られなかった。

5.『世渡の杖』の翻訳−唐通事資料との比較
奥村佳代子(関西大学)

 アメリカ人牧師ウェーランドの経済学入門書The Elements of Political Economyは、福沢諭吉、小幡篤次郎、福地源一郎、何礼之らによって、それぞれ日本語に翻訳された。4人の翻訳者のうち、後に英語を身につけ政府の英語翻訳官となった何礼之は、唐通事出身であり、他の3人とは異なる外国語学習の背景をもつ人物であった。この点に注目し、何礼之翻訳『世渡の杖』の巻一と同時代の小幡篤次郎の訳語との比較をおこなった。
 本報告では、「蒸餅」と「麺包」、「桌子」と「食卓」、「咖啡」と「番菲」、「吐蕃」と「蠻人」、「消費」と「消耗」の訳語の違い、また「麪粉」「都テ」という語の使用は、唐通事としての中国語学習経験や知識が関係しているのではないか、との考えを紹介した。
 また、「bread」の何礼之の訳語「蒸餅」は、オランダ通詞の英語学習由来の言葉ではないかとの推測を述べた。


2019年度中国近世語学会研究総会開催のお知らせ

 2019年度の研究総会を、以下のとおり開催いたします。

日時:5月26日(日)10時半から17時まで(予定)
場所:関西大学以文館4階セミナースペース
内容:個人研究発表など

 
 個人研究発表者を募集いたします。4月10日までに、近世語学会事務局にご連絡ください。

2018年度会費納入のお願い

 年会費(5000円、ただし院生及び学部生は3000円)をまだ納入しておられない会員の方は、下記の郵便振替にてお納めください。財政が逼迫しておりますので、お忘れなきようお願い申し上げます。

郵便振替 口座番号:00980-6-119965 口座名称:中国近世語学会

*2019年度会費につきましては、振込用紙を研究総会開催通知に同封いたします。

中国近世語学会事務局

関西大学 外国語学部 内田慶市研究室
〒564-8680大阪府吹田市山手町3−3−35
Tel: 06-6368-0431

ホームページ: kinseigo.chu.jp