2021年度中国近世語学会研究総会報告

ご挨拶

 コロナは終息が全く見えない状況ですが、そんな中でも2021年度の近世語学会総会はオンライン形式ではありますが無事開催され,活発な議論が行われました。
 また、『中国語研究』第63号もすでに編集作業は終わっており、近々、刊行されますが、編集後記にも記しましたように、ウェブ媒体からの引用等に関するガイドラインを明記すべきではないかと思っています。学会規約の整理と併せて次年度の総会で案を提示できればと考えている次第です。
 12月の研究集会は果たして対面で出来るのか予測不可能ですが、いずれにせよ、研究活動を休止することはありません。会員諸氏の益々のご研鑽とご健康を祈ります。

中国近世語学会会長 内田慶市
2021年8月17日

2021年度中国近世語学会研究総会
開催日時:5月29日(土)10:30〜15:40
開催方式:zoomミーティング

研究発表報告
個人研究発表
1)清末訪中日本人商人向け会話教科書の北京官話
奥村佳代子(関西大学)

 明治時代以降、日本人にとって官話とは北京官話を指すものとなり、北京官話を学ぶための教科書や学習書が編纂、出版されるようになった。清末の北京を舞台とした日本人商人のための商業会話書のなかにも「北京官話」を冠したものがある。
 『北京官話 日清商業会話』(実用日清商業会話)(1909)の著者足立忠八郎は、外務省の清国派遣留学生として中国にわたった後、商況を視察するため各省を遊歴し領事館に勤務、日本帰国後外務省や大蔵省での勤務を経て台湾へ、明治33年以降陸軍士官学校で中国語を教授した後、東京高等商業学校教授に任ぜられた。『北京官話 日清商業会話』は、東京高等商業学校時代に執筆、出版された会話書である。本報告では、同じ商業会話書である『日清商業作文及会話』(中島錦一郎著、1907年)と、1900年頃に書かれた会話書である深沢暹著『北京官話全編』とのごく初歩的な比較を行なった。語彙的には、商業会話書には『北京官話全編』ほどの北京官話の特徴は見られない。
 今回はわずかに3資料を取り上げただけであり、この3つを取り上げることに合理的な理由がなく、単なる紹介にとどまったため、関連する資料の存在や当時の中国語教育界への理解を深める必要があるとの指摘を受けた。

2)東亜同文書院生のフィールドワークのための中国語―『北京官話旅行用語』の記述を例に―
塩山正純(愛知大学)

 本発表では、東亜同文書院で大調査旅行として行われたフィールドワークの事前学習用テキスト『北京官話旅行用語』を資料として、同書が学習者に提供した場面等の内容・情報の特徴と「北京官話」と銘打つ同書の言語の特徴の一斑について初歩的な考察を試みた。
 まず、『北京官話旅行用語』の出版、主要編者である書院教授・清水董三とその他中国人講師について同窓会誌、職員名簿等の資料から紹介した。大調査旅行は第5期生(1907)から第40期生(1943)まで行われ、総路線数は662コースを数えるが、『北京官話旅行用語』初版は第22期生が旅行に出た1925年に出版されており、その後の424コースに参加した書院生に使用されたと考えられる。同書の場面構成は多岐に渡り、各地で遭遇するであろう具体的な場面を想定して、問答前半の会話で水路、陸路、宿泊、サバイバルなどの旅行で必要な様々な相手とのコミュニケーションを学習し、後半で訪問地での取材・調査のコミュニケーションを学習するスタイルである。例外を除いて基本的には一対一の会話の登場人物を分類すると、一方は書院生で、もう一方が書院生の会話の相手としての現地の中国人であり、さらに彼らは旅館・菜館などのサービス業から鉄道関係、農民、経営者、役人、軍人など75の属性に分類することができる。
 同書はまえがきで本文は「北京官話」を中心とし、下層社会のことばやモノの名前には「土話」を用い、南方の固有名詞なども入れる、としていることから、今後、書院生の台詞と、上記75分類の属性毎に登場人物のキャラクター設定などにどのような語彙・語法の選択・選別が行われているのかを考察することが可能であろう。本発表でのごく簡単な調査からも、例えば一人称代詞複数で“我們”と包括系“咱們”の使い分け、そして二人称代詞でも尊敬を表す“您”“恁”“您納”“你老”のバリエーションが話者のキャラクターに応じて使われているなどの特徴が見られた。発表ではその他、「場所を表す“這兒(這裏)、那兒(那裏)”」「“這麼”“那麼”」「“怎麼”と感嘆の“多麼”」「“多少”」「“倆”」「“些個”“(一)點兒”」「「ねばならぬ」の“總得”“必得”」「“讓”“叫”」「起点を表す介詞」「時点・時量の表現」などのトピック毎に特徴的な実例を紹介した。
 もちろん同書はテキストであり、本文も作られたものであるが、であるからこそ例えば船頭ならこう、農民ならこう、というように定型化されたキャラクターを特徴づける役割も担っている訳で、裏返せば当時のある属性の話し振りの一端を表すものであるとも考えられる。もちろんこうした特徴は定型、典型としてのそれでもあるので、生の言語がどうであったか、という点については割引いて考慮する必要があることは言うまでもない。
 また、質疑応答のやりとりを通して、当時の副詞の用法の特徴に関する先行研究の内容、文末助詞をキーワードとする分析方法など、今後このテーマでの考察を進捗するにあたって有益なアドバイスを頂いた。

3)イサーイヤ著『簡明中国語文法』について
萩原亮(神戸市外国語大学大学院)

 本発表は、ロシア正教会北京伝道団の宣教師イサーイヤの手になる中国語文法書、『Краткая Китайская Грамматика(簡明中国語文法)』について紹介し、そこに反映された中国語について、特徴的な現象を取り上げて初歩的な考察を行った。
 同書はロシア語母語話者に向けて主に中国語の虚詞を解説したものであり、漢字に対してキリル文字音注とアクセントが付されていることが特徴である。本発表ではまずイサーイヤによる説明と中国語の例を基に、清代北京語の7指標との一致、人称代名詞、いわゆる“了1”に対応する“了”と“了2”に対応する“咯”、語気詞などの語彙・語法上の問題を検討した。また、キリル文字音注については “的”、“和”などの例を挙げて考察した。総じて言えば、同書は19世紀後半の北京語を反映する資料として一定の価値を有すると考えられ、キリル文字音注が付された例文のみならず、文語と口語の違いや社会的階層に注目した説明を行っている点も有用であると指摘した。今後は、本発表で扱いきれなかった同書における音注・アクセントの体系及びイサーイヤによる『露中辞典』(1867)との比較、同時代の西洋人による北京語研究との比較を課題とし、調査を進めていきたい。

4)『庸言知旨』の五巻本と二巻本
竹越 孝(神戸市外国語大学)

 本発表では、宜興(1747-1809)の手になる満漢合璧教材『庸言知旨』(an i gisun de amtan be sara bithe)における二つのテキストについて考察した。序によれば成立は嘉慶7年(1802)であり、通行しているのは、嘉慶24年(1819)に査清阿が刊刻したものを民国年間に謝国楨(1901-1982)が印行させた二巻の刊本であるが、大阪大学図書館には、より古い姿を伝えると思われる五巻の鈔本が存在する。全体としての段落総数は、五巻本が325則であるのに対し、二巻本では242則であり、五巻本の巻二にあたる部分を二巻本は丸ごと欠く。また、五巻本で巻五にあたる「清語元音」も二巻本には存在しない。
 本発表では、二巻本へ改編される過程で削られた五巻本巻二のエピソードとして、①問答形式を取るもの、②北京以外の土地に関する記載、③仏僧に対する批判、などがあり、こういった内容を憚って削除したのではないかという推測を述べた。また、二つのテキスト間における漢語部分の異同で目立つ傾向や、五巻本巻五にある「清語元音」の内容とその価値についても触れた。


2021年度中国近世語学会研究集会開催のお知らせ

 2021年度の研究集会を、以下のとおり開催いたします。

日時:11月27日(土)(予定)*開催日にご注意ください。
場所:オンライン(Zoomミーティング)
*状況によっては会場を設けたいと思います。
内容:小特集、個人研究発表など

 
 小特集の企画、個人研究発表者を募集いたします。10月18日までに、近世語学会事務局にご連絡ください。