中国近世語学会2021年度研究集会報告

ご挨拶

コロナは終息が全く見えない状況ですが、そんな中でも2021年度の近世語学会総会はオンライン形式ではありますが無事開催され,活発な議論が行われました。
また、『中国語研究』第63号もすでに編集作業は終わっており、近々、刊行されますが、編集後記にも記しましたように、ウェブ媒体からの引用等に関するガイドラインを明記すべきではないかと思っています。学会規約の整理と併せて次年度の総会で案を提示できればと考えている次第です。
12月の研究集会は果たして対面で出来るのか予測不可能ですが、いずれにせよ、研究活動を休止することはありません。会員諸氏の益々のご研鑽とご健康を祈ります。

中国近世語学会会長 内田慶市
2022年2月15日

2021年度中国近世語学会研究集会
開催日時:2021年11月27日(土)9:00〜16:15
開催方式:Zoomミーティング

研究発表報告

1)白話告示と聖諭講解書―「教化のことば」
王 婷(関西大学大学院)

清代中後期の四人の地方官である張五緯・王鳳生・劉衡・李璋煜が発した告示の言葉を対象に、木津2003が挙げた四つの特徴と対照しながら、その類似性を考察した。
聖諭宣講において、統治者である皇帝が発した聖諭を宣講する形で民衆教化が行われており、その台本となるものは宣講書や講解書と呼ばれたが、まずその文言版と白話版の違いや流行時期について紹介し、さらに白話告示と聖諭講解書の言葉に見られる共通点について指摘した。聖諭講解書に関しては、木津2003が、王又樸が手掛けた講解書『聖諭廣訓衍』の語り言葉を対象に、二人称代名詞の多用・卑近な例を増補・聴衆への問いかけや疑問文で話題を展開する・不安へは同情、安心へは脅迫という表裏一体の手法(飴と鞭)を使い分けるという四つの特徴をまとめた。本発表では、同じ時期における公文書である告示の例を挙げながら、この四つの特徴に合わせて分析し、木津2003が指摘した四つの特徴以外に、非自称型一人称代名詞の使用という新たな特徴を提示した上で、聖諭講解書と白話告示に見られる類似性の背後にある理由を推測した。
本発表に対して、白話告示の中に白話の割合がどのぐらいあるのか、南で発給された白話告示を読み上げる時に方言は使用されたのか、白話告示の中に方言の要素はあったのか、白話と官話の違いを反映すべきである等、今後の研究に活かすべき質問や指摘をいただいた。

2)増田渉直筆注釈メモの内容―図解に関する発見を中心に
東 延欣(関西大学大学院)

増田渉は1931年3月20日から、同年12月末までの10か月の間に、上海で魯迅から直接指導を受けた。その際に教科書として使用された『吶喊』や『彷徨』の中に、増田渉による直筆の注釈メモが大量に残っている。
本報告では、それらの注釈メモを、難読字句の解釈、文章の内容についての解釈、原本の誤字の修正、特殊表記の4種類に分類し、具体的にはどのような注釈メモが残されているかについて紹介した。また、特殊表記という種類の中の図解問題に注目した。伊藤漱平・中島利郎共編『魯迅・増田渉師弟答問集』から、増田の習慣を鮮明に理解することができ、増田が小説の内容について不明な箇所を書簡で魯迅に質問する際、図を用いていた場合が多いことがわかる。そのため、本報告では、「阿Q正伝」中に書いてある賭博の規則について魯迅本人が作成した4つの図解を紹介し、それぞれの図解の内容を比較しながら詳しく説明した。そして、「故郷」に残された閏土の話に基づく「鬼見怕」と「観音手」という貝の正体の図解を参考した上で、魯迅本人が承認したこの2つの貝が一体何を指すのかを明らかにした。

3)近代新語“社会科学”の形成とその史的背景
戸谷 将義(愛知大学大学院)

本報告では、“社会科学”という語の形成について、形成初期の用例を中心に検討した。1880年代の日本語で“Sociology”と“Social science”に対し同じ訳語が与えられていたことをふまえ、初期の社会学文献における用例から調査した。日本語では“Social science”に対し「世態學」「社會理學」「社會學」あるいは「經濟學」の訳語の使用が見られたが、1898年には法学や経済学の上位カテゴリとして「社會科學」が用いられた。1900年のギディングス著・遠藤隆吉訳『社會學』で“Sociology”と“Social science”の両方を含む一つの文の翻訳において「社會學」と「社會科學」が明確に訳し分けられた。中国語においては、1902年の岸本能武太著・章炳麟訳《社會學》で“社會諸科學”として現れ、1902年の雑誌《繙訳世界》における〈社會學〉という記事において“社會科學”の語形が見られた。この雑誌《繙譯世界》の記事は底本を遠藤隆吉訳(1900)『社會學』とする翻訳文と見られ、そのなかの第一編の要約部分で“社會科學”が使用された。その後、1916年のHemelingによる英漢辞典に“Social science”に対する語釈として“社會科學”が掲載され、1919年の《北京大学日刊》において倫理学・経済学・政治学などを総称する用法が見られた。
補論として、“社会科学”は日本語の誤訳が中国語に取り入れられたのではないかとする直近二件の主張を紹介し、最後に“社會科學”という語と西洋の図書分類法の導入との関係を述べた。
質疑応答においては、“社会科学”の概念の日本語との違い、《教育雜誌》の確認の必要性のご指摘、誤訳との主張に対するご意見など有益なご助言をいただいた。

4)从满汉合璧教科书文献看近代北京话表示疑问的语气词
李 云(神戸市外国語大学大学院)

本报告从满汉合璧教科书文献,即《满汉成语对待》(1702?)、《满汉字清文启蒙·兼汉满洲套话》(1730)、《清话问答四十条》(1756)、《清文指要》(1789)以及《庸言知旨》(1802)五种材料出发,对近代北京话表示疑问的语气词“嗎(麽)”、“呢”、“啊(呀)”等词用例进行了调查。
调查发现,《满汉成语对待》中表示疑问的满语语气词形式种类多样,出现了“-o”“-n”“-na”“-ni”“kai”。而表示疑问的汉语语气词则集中在“麽”和“呢”上,“麽”用于是非问句中,“呢”用于特指问句中。“啊”和“呀”在《满汉成语对待》中不表示疑问语气。在《满汉字清文启蒙・兼汉满洲套话》中,表示疑问的语气词“吗”系列中,常用字为“庅”,对应的满语词缀为“-o”“-n”。“嗎”没有出现在原刊本中,音注本中出现了一次,刘东山本中出现了四次。“麽”没有出现在原刊本与注音本中,刘东山本中出现了六次。在与满语对应的情况来看,除了常用的表示疑问的词缀“-o”“-n”“ni”外,还出现了“jiye”,跟“啊”相对应。“呀”在《满汉字清文启蒙・兼汉满洲套话》中不表示疑问语气。《清话问答四十条》的内容中,很少出现粗鄙之语,也许是高层次知识分子学习满语的会话教材。疑问语气词呈现出“吗”用于是非问句,对应的满语词缀为“-o、-n”;“呢”用于特指问,一般没有对应的满语语气词缀,只有两例分别与满语语气词缀“-o、-n”相对应的特点。语气词“啊”“呀”没有出现在《清话问答四十条》中。在《清文指要》中,出现了三次表示疑问的语气词“jiye”,均与“呢”对应。除此之外,“呢”还与“-o、-ni、-n”的满语词缀相对应。在《清文指要》中,出现了表示疑问语气“啊”(12例)“呀”(4例)的用例,其中有对应的满语词缀为“-o”。 在《庸言知旨》中,出现了疑问语气词“啊”“呀”的用例,分别与满语词缀“-o”和“-kai”相对应。在《庸言知旨》中,“嗎”和“麽”都用于是非问句中,与满语词缀“-o,-n”相对应。表示疑问的语气词“呢”,与满语词缀“-kai,-ni,-n”都有对应用例。通过比较以上五种满汉合璧会话教材,我们发现,在早期的教材中,表示满语语气词的形式种类多样;其后逐渐集中在几个固定满语词缀上。这也许和使用满语的人大幅度减少有关。我们也看到了“啊/呀”从不表示疑问语气的功能,到承担疑问语气的历史变化。
本报告中的不足之处体现在,尚未从满语语气词缀的角度,考察与汉语语气词的对应情况。

5)チャピン・フライヤー編Syllabary for the transfer of foreign names into Chineseとその音訳漢字の特徴について
千葉 謙悟(中央大学)

本発表ではLyman Dwight ChapinとJohn Fryer編の稿本Syllabary for the transfer of foreign names into Chinese(以下Syllabary)を紹介し、その音訳漢字の特徴について分析した。Syllabaryはカリフォルニア大学バークレー校に蔵されるAB二種類の稿本から成る音訳字表であり、ウェブスター式の発音記号で示された英語音節に相当する音訳漢字を示し、統一的・系統的に音訳語が生成できるよう意図されている。Syllabaryでは英語音節と音訳漢字のペアがA本で1100組、B本で1094組ある。現行のSyllabaryの編者には少なくともチャピンとフライヤーが含まれている。またその編纂年代はウェブスター式の発音記号の分析から1890年以降と推定される。
一方Syllabaryの音訳漢字の特徴として以下の諸点を指摘した。すなわち英語子音に対しては(1)無声阻害音と有声阻害音を区別しない、(2)歯音摩擦音は歯音破裂音で代用する、(3)元となる英語の音節が「(子音+)母音+m/n/ng」という設定しかない、(4)英語の子音lとrを区別しない。また母音に対しては以下の諸点を指摘した。(1)英語の中舌的要素を含む母音は一律に「耳」で宛てる、(2)母音の詳細な区別を放棄した結果、一字が多数の音節を表す、(3)[oi]という母音連続にのみ二字の音訳漢字が用意されている。

6)中国近世語における反語を表す“不要緊”“不打緊”について
佐藤 晴彦(神戸市外国語大学名誉教授)

1、問題意識
発表者は『中國偵探 羅師福』第一案第二章警驚の、
這一叫不打緊,却聴得面前咔嚓一聲,好似凭空地起了一箇霹靂,…
の“不打緊”にひっかかった。この“不打緊”がこれまで理解してきた「かまわない、大丈夫、心配ない」という意味ではどうも通じない。“不打緊”=“不要緊”だ。そういえば、以前太田辰夫先生の『小額』を読んだ時、“不要緊”について何か注をされていたようなオボロゲな記憶があったので、『小額』をくってみると、「(反語で)さあ、大変、ということ。」という注を確認(p.90)。
と同時に学部二年次に聞いた『ソノシート現代中国語 朗読篇』(株式会社 大安、1965年4月)の高玉宝《半夜鸡叫》の一節
“周扒皮这一啼明不要紧,…全屯的鸡也都叫唤起来。”
の“不要紧”という語を思い出した。当時は「周扒皮(皮剥ぎの周)が鶏の時を告げる真似をしたから大丈夫…」と理解していたから、一体どういう意味なのか合点がいかなかったが、“不要紧”には、「さあ大変」というような反語の用法があるということを知り、この箇所が、「周扒皮(皮剥ぎの周)が鶏の時を告げる真似をしたからさあ大変…」ということだと分かり、ようやく納得出来た。

2、歴史的検討
では「かまわない、大丈夫、心配ない」という“不打緊”、“不要緊”と反語の“不打緊”、“不要緊”とどこでどう繋がっているのかが気になり調べてみた。すると、反語の“不要緊”は“這一V/N‘不打緊’‘不要緊’,…”というパターンがあるらしいということが分かってきた。そしてこの反語の用法が後発のものと思っていたが、さらに調べていくと、どうもそうとも言い切れないようだ。
添付した表は発表者が調査した資料の“不打緊”“不要緊”の使用頻度である(但し、発表時より資料は少し増やしてある)。
以上が口頭発表の梗概である。

3、今後の課題
発表後、⑴この問題については既に「“这一X不要紧,Y”构式研究」というタイトルで修士論文が出ている、⑵この表現は「予期に反して」というニュアンスの“说书艺人”が使う表現ではないか、⑶『朱子語類』『金瓶梅詞話』に“没要緊”という表現がある等のご意見を頂いた。さらにメールで、⑷關漢卿『玉鑑臺』第二折に反語の“不打緊”があることを指摘してくれた方もいた。
このように発表者が提起した問題は、まだまだ検討、解決すべきことが数多く残されている。今後も検討を続けていきたいと考えている。


 

2021年度中国近世語学会研究集会開催のお知らせ

◇◆中国近世語学会2022年度研究総会開催のお知らせ◆◇
2022年度の研究総会を、以下のとおり開催いたします。
日時:2022年5月28日(土)(予定)
場所:愛知大学+オンライン(Zoomミーティング)
*状況によっては会場を設けたいと思います。
内容:個人研究発表

発表者を募集いたします。3月末日までに、近世語学会事務局にご連絡ください。