2014年度研究集会報告

ご挨拶
 2014年12月13日(土)午前10時より、愛知大学東京事務所で2014年度研究集会が開催されました。
 今回の研究集会は、個人の研究発表に加え、「官話音研究の資料と問題点」というテーマでワークショップがもたれました。参加者は36名でしたが、研究集会では近年最多の参加者ということのようです。
 今回は、2011年の研究集会で行われました「官話の虚像と実像」というワークショップを受けて企画されたもので、太田斎氏(神戸外大)、千葉謙悟氏(中央大学)、鋤田智彦氏(早稲田大学・非)の三名の方が、それぞれの立場から報告をしていただき、大変刺激を得られました。
今回のワークショップを企画してくださった竹越孝、奥村佳代子、塩山正純、千葉謙悟の4会員に感謝したく思います。こうした若手の研究者の積極性が今後の学会の活動をより活発にしていくと確信しています。
 なお今回も、塩山正純会員に会場の準備において全面的にお世話になりました。合わせてお礼を申しあげたいと思います。

2015年1月28日
中国近世語学会 会長 佐藤 晴彦

2014年度中国近世語学会研究集会報告
日時:2014年12月13日(土)10:00〜16:30
場所:愛知大学東京事務所

研究発表報告
1.「明清白話小説に見られる助詞「子(仔)」」について
劉淼(首都大学東京大学院)
 明清の白話小説(例えば、『金瓶梅詞話』や『醒世姻縁伝』など)には動詞の後ろに「子(仔)」が付いた例が見られる。
 「子(仔)」に関する先行研究は、呉語のマーカーとするか、もっと広い地域で使われているとするかによって、二つに分かれる。「子(仔)」は「呉語」のマーカーである。具体的には、趙元任(1928)、梅祖麟(1979)(1989)、朱徳煕(1985)、張恵英(1986)、銭乃栄(1999)などの説がある。李申(1992)、馬鳳如(2001)(2004)、地蔵堂(2002)(2012)等は、「子(仔)」は「呉語地域」に限らず、山東地域にも同じ「子」の用例が見られると指摘している。
 本論では、動詞の後ろにつく「子(仔)」を扱っている先行研究を整理した上で、明清の白話小説に見られる「子(仔)」の使用状況について分析した。調査対象を分析した結果は以下の通りである。
(1)明清時代の白話小説に見られる動詞の後ろにつく「子(仔)」は少なく、また、幾つかの作品に集中している。これらの「子(仔)」は呉語の影響だけではなく、山東地域の方言の影響や、その他の地域の方言の影響の可能性も考えられるが、呉方言のアスペクトマーカーとしての使用は際立っている。
(2)明代の白話小説に「子(仔)」はまだ数作品において使われているが、清代になると、「子(仔)」が見られる作品数は少し減った。一方、呉語が大量に使われている小説『海
上花列傳』と『九尾亀』には多く見られる。

2.『朱子語類』における“不見得”と“見不得”
蔡娟(大東文化大学)
 本発表では『朱子語類』における“不見得”と“見不得”が示す意味上・構文上の特徴、および両者の異同を考察した。『朱子語類』では、“不見得”が頻繁に用いられているだけでなく、その表す意味も豊富で、“普通话”の「限らない」の意味も持ち合せている。一方、“見不得”には「限らない」の意味はなく、用例の数も“不見得”より少ない。更に、音節数が多い賓語と“見不得”は共起しない傾向がうかがえる。これらの実例の傾向から、“見不得”は“不見得”に比べて、限定的に使用されていることが明らかになった。「見えない・理解できない」、「はっきりしない」という意味を表し、且つ賓語を伴わない、或いは音節数の少ない賓語を伴う場合には、“不見得”は“見不得”と代替可能であることがわかる。
 他にも、地域的な視点から、“見不得”は宋代の北方方言を反映する『河南程氏遺書』と『三朝北盟會編』には見られないが、宋代の南方方言を反映する『朱子語類』と『五燈會元』に見られる。これは、南北方言の地域的差異だといえるだろう。
 また、『朱子語類』における“不見得”と“見不得”の用例から、“不見得”と“見不得”の意味上・構造上における変化をまとめた。“見”の意味拡張、使われる文脈の変化、頻繁に使用されたことなどは“不見得”と“見不得”を単語化させる原因であると初歩的に分析した。

3.満文金瓶梅に反映される明代の漢語文法
荒木典子(首都大学東京)
 『金瓶梅』では過去・已然の事に対する疑問「~したのか?」を表す形式として“~不曾?”と“~沒有?”が併存し、登場人物の人間関係に応じて使い分けられている。繙訳版である『満文金瓶梅』でもこの使い分けは生かされているのか、両形式に対応する満文全例を挙げ、形式から分類した。満文訳の類型は、大きく分けて二つある。
 Ⅰ V(過去形に活用して、疑問の不変化詞が附せられた形式が多い)
 Ⅱ V(同上) +  biheo(あったか)/akvn(ないか)/undeo(まだか)  のいずれか
更にⅡは後置成分に応じて
 +biheo→Ⅱa, +akvn→Ⅱb, +undeo→Ⅱc, +biheo akvn→Ⅱd
の四つに分かれる。Ⅱの方が、反復の形式を保った訳であると言える。
 “~不曾?”と“~沒有?”の満文訳における違いは、類型Ⅰが占める割合である。“~沒有?”は全16例中の27%が、“~不曾?”は全86例中の4%が類型Ⅰであった。繙訳者にとって“~沒有?”の意味が軽くなり、文末語気助詞のようにとらえられていた可能性をうかがわせるが、実証するには用例数が少ない。また、そのほかに際立った違いがあまり見られないことからして、漢語版で見出した両形式の使い分けは生かされていないと思われる。

ワークショップ「官話音研究の資料と問題点」報告
 今回のワークショップは、2011年度の研究集会において行った「官話の虚像と実像」を受ける形で、音韻面から「官話」の問題を検討すべく、3名の報告者の方に、明清の官話音研究にどのような資料があり、現在どのような点が議論になっているかということを紹介していただいた。

近世音資料の可能性―華夷訳語、西儒耳目資を例に―
太田斎(神戸市外国語大学)
 近世音資料の音韻特徴を研究する場合、現代音からアプローチしてもある程度の成果を出せるが、その一方で守旧的な面があり、音韻学の知識無しには判断を誤る所もある。
 王朝交代当初、特に漢族文化の担い手ではない支配者の王朝にあっては、かなり口語的な特徴が文献に顔を出すことがあるが、社会が安定すると、文言的様相が色濃くなり、過去の文献からの引用が盛り込まれて、時代を逆行するかのように古い特徴が出現することもある。例えば元の『中原音韻』に比して、後の明代に編まれた『中州音韻』等の改訂版は江南読書音を盛り込んで、恰も『中原音韻』より古い音韻体系を示すかの如くである。
 今回は私が以前、官話系方言の資料として扱った『華夷訳語』、特に『西番(館)訳語』と『西儒耳目資』を例に、そこに現われている特徴の一部は守旧的要因が齎したもので、必ずしも直ちに当時の音韻特徴と見做すことはできないこと、そしてそのような要素を排除して残る、方言的特徴と見做し得る要素がどのようなものかを併せて紹介した。

欧文資料と官話音研究―意義・現状・課題―
千葉謙悟(中央大学)
 本発表では主として三つの話題に触れた。第一に、16~20世紀にかけて蓄積された欧文資料を字典、文法書、教科書、宗教文書の4種に分類して概観した。第二に、官話音研究のトピックにおいて、欧文資料が重要な鍵を握っているとみなされる問題ついて紹介した。採り上げた問題はまず止摂日母三等字(「二」「而」など)の音価であり、ピンインでerで書かれるような音価は、欧文資料においてトリゴー『西儒耳目資』(1626)やウァロ『官話文典』(1703)にとどまらず17世紀から広く見られる。次いで「没」字におけるmeiのごとき音は1870年代以降の欧文資料では珍しくない。最後に官話音の声調調値について、17世紀初頭から100年以上は安定しているように見えるが、プレマールNotitia Lingua Sinicae(ca.1728)あたりを境に変化し始めているかのごとくである。第三に、官話音研究に欧文資料を用いる際の問題点を指摘した。すなわち当該資料の記録対象を吟味すべきこと、資料において作者自身による作例が出現しうること、記述に用いられた欧語の正書法とそれが表す音価の歴史的変化を当該資料のローマ字標音にどうあてはめるかという問題の三点である。以上を踏まえ、結語では欧文資料が大量に発見され、特にウェブ上での公開が進んでいる現状を指摘し、今後はそれらの中から中国語史研究に貢献できる資料を評価・選別していく作業が必要となると主張した。

朝鮮・満洲資料から見た中国北方語音
鋤田智彦(早稲田大学・非)
 本発表ではまず朝鮮資料、満洲資料のうち音韻史上重要と思われるものの年代順に概説を行った。朝鮮資料のうち音韻に関する資料としては、15世紀半ばの訓民正音(ハングル)制定以降、それにより中国語音を表記したものが中心となる。そのうちでも老乞大・朴通事の諸版本における音の変遷が明確に表れる。たとえば現代北京語でerと発音される「児」「二」などの字は古い版本では他の字と同様に母音終わりで、新しい版本ではl終わりで表記される。また老乞大の一部版本に見られる、声調を表す傍点がいかに付けられているかについてその傾向を探った。同様に満洲資料も当時の中国北方語音を反映しており、時期は17世紀半ば以降と限定されるが資料や時期により字音の違いを反映した異なった表記が見られる。近世語音における大きな論点である尖団音の合流に関する点をはじめ、他にも入声由来字や個別的に例外的な読音を持つ字がどのように綴られているかなど、注目すべき点について、朝鮮資料とあわせて表記を対照し、北方語音の特徴を提示した。

 以上の報告を受けて行った全体討論では、個別の資料や現象に関する質疑応答とともに、官話の南北差が生まれた背景とその通時的変遷、あるいは文言・白話・文白混淆等の文体との関連といった方向にも話題が及び、報告者とフロア、あるいはフロア同士で熱心な議論が交わされた。語彙・語法の研究者が主体である本学会の会員諸氏にとって、有益な機会となったものと思われる。(文責:竹越孝)

2015年度中国近世語学会研究総会開催のお知らせ

 2015年度の研究総会を、以下のとおり開催いたします。

日時:6月6日(土)10時半から17時頃まで
場所:関西大学 千里山キャンパス
内容:特別講演、個人研究発表

 中国の近代漢語研究を代表する蒋紹愚先生(北京大学・清華大学教授)によるご講演を予定しております。

 また、個人研究発表者を募集いたします。4月10日までに、近世語学会事務局にご連絡ください。

会費納入のお願い

 年会費3000円をまだ納入しておられない会員の方は、下記の郵便振替にてお納めください。財政が逼迫しておりますので、お忘れなきようお願い申し上げます。