2020 年度研究集会のご案内

ご挨拶

 厄介なコロナ禍ですが、なかなか終息の兆しが⾒えてきません。終息どころか欧州では第2 波が猛威をふるっています。それに対して、東アジアでは⼩康状態を保っていますが、東⻄の⽂化の違いに起因しているのかも知れません。さて、こうした中でも、何とか近世語研究集会を開催できますこと嬉しく思っています。しかも、今回はこれまでになく多くの研究発表の申し込みがあり、コロナも吹っ⾶ぶ感じです。いかなる状況にあっても研究の歩みは⽌めてはならないことを改めて感じています。なお、今回は対⾯とオンラインのハイブリットの形での開催となりますが、これも、今後は⼀般化されるのかも知れません。では、会場で或いはオンラインでお⽬にかかりましょう。

中国近世語学会会長 内田慶市
2020 年11 ⽉11 ⽇

日時・場所

日時:2020 年12⽉12⽇(⼟) 9:30 開始
場所:Zoom ミーティング
*近世語学会ウェブページの「お問い合わせ」(http://kinseigo.chu.jp/?page_id=59)に必須事項をご記⼊のうえ、メッセージ欄に「研究集会参加希望」と書いて送信してください。おって事務局から招待メールを差し上げます。
なお、会場を関⻄⼤学千⾥⼭キャンパス以⽂館4 階セミースペースに設けますので、ご希望の⽅はご⾃由にお越しください。

時間になったZOOMをインストールした端末で、以下をクリックして参加してください。
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プログラム及び要旨

個人研究発表(9:30 – 12:00)


稲垣智恵(関西大学) (9:30 – 10:15)
「《英語週刊》に見られる「直訳体」と「意訳体」について」

 《英語週刊》は1915年10月2日に上海にて創刊された商務印書館の英語学習雑誌である。毎週土曜日刊行,途中2回の停刊をはさみ,1941年12月に至るまで,計1000期以上刊行された。本雑誌の創刊号(1915年10月2日発刊)から81号(1917年4月14日)には,〈Translation〉というコーナーが設けられている。本コーナーは,英語から中国語への翻訳を行う号もあれば,中国語から英語への翻訳を行う号もあった。英語から中国語への翻訳の場合,まず英文,中国語訳(意訳・直訳),そして注釈という構成になっている。創刊号から第18号(1916年1月29日)において,英文から中国語への翻訳は1種類のみの訳しか用意されていないが,19号以降81号に至るまでは,「意訳」と「直訳」,2種類の訳が提示されている。
 本発表では,《英語週刊》〈Translation〉19号-81号の英語から中国語への翻訳文における「直訳体」と「意訳体」を英語原文と比較検討し,「新興語法」との関連性について述べたい。今回は,主に「人称代名詞」と「時制」の翻訳について述べる。


千葉謙悟(中央大学) (10:20 – 11:05)
カリフォルニア大学バークレー校フライヤー文庫蔵「意拾喩言」の言語について

 カリフォルニア大学バークレー校には英国人来華宣教師ジョン・フライヤーの旧蔵書がフライヤー文庫(John Fryer Collection)として保存されている。今回はその内中国語学に関係する資料として「意拾喩言」を取り上げ、その言語について文法・語彙面を中心に報告したい。「意拾喩言」はロバート・トーム『意拾喩言』(1840)の北京語訳本である。まず太田(1969)による7つの北京語の文法特徴と対比するとその内6つを満たす。次いでそれ以外の特徴を9つ指摘する:①明確に動態助詞と認定できる場合には「了」のみが用いられ「拉」は用いられない。その他の場合には「了」「拉」が混用される。②連動文に「去+V+去」の形式が見られる。③仮定の接続詞が「要是」と表記される。④「叫」が常用される。⑤起点を表す介詞に「従」のほか「接」と「打」がある。⑥代名詞「自各兒」が多用される。⑦量詞「個」が多用される。⑧兒化詞の状況について。⑨北京語的な語彙について。


舒志田(立教大学日本学研究所) (11:10 – 11:55 )
「西師意訳『気象学』の訳語について―「気象学語表」を中心に―」

 本発表は西師意(1863-1936、日本京都府士族)の漢訳日本書『気象学』の訳語、とりわけその巻末に載せた「気象学語表」という中英対照気象学用語を中心に、若干考察するものである。なお、西師意の経歴については、拙稿2020A「清末(1895-1911)における中訳日本書の一考察―西師意の場合―」及び、2020B「西師意の中訳日本書(再考)」をご参照されたい。
 漢訳の『気象学』(1904 年東京博文堂刊行)は西師意が中国の山西大学訳書院に招聘された間に上海で翻訳したものである。原著者の馬場信倫が中央気象台の技師で、日本近代気象学に深く係わりのあった一人である。原書の『気象学』の初版は明治33年に刊行されたものである。
 西師意が翻訳にあたって、原語の「漢字語」をそのまま踏襲するのではなく、下記の例で示されたように、一部を当時の中国で既に使われていた語に直している。

訳語 英語 原語
恒風 Permanent wind 定風
小行星 Asteriod 小遊星
風雨表 Barometer 晴雨計

 当然といえば当然であるが、その背景にはいわゆる和製漢語と中国側の洋学書、たとえば『測候叢談』(1877 年中国江南製造局初版)の訳語などと、競合があったかどうか、興味を引かれるところである。また、ほぼ同時期の留学生の手による漢訳日本書である『気中現象学』(范迪吉編修『普通百科全書之二十』、1903年上海会文学社版)などにおける訳語とも比較しながら西師意の訳語の特徴を明らかにしたい。

休憩 11:55 – 12:45

小特集 12:45 – 18:00

小特集・三字唐話 (12:45 – 14:45 )

 今春、岩田憲幸氏により、石崎文庫本・国文学研本『三字話』が、翻刻出版されました。語句索引と字音表が備わり、今後の研究の進展に寄与することは言を俟ちません。また、つとに、奥村佳代子氏は長澤文庫本『唐韻三字話』と『南山俗語考』所収語彙の類似性を指摘しています。これらの資料の調査を通じて、唐話資料の相互の関連性を指摘することが可能です。また、類似性、関連性だけでなく、字音・語釈における差異から、これらの資料がそれぞれの特徴を持っていることを指摘することができます。
 本セッションでは「三字唐話」を切り口に、3名の発表者が次のように分担して、現時点での考察結果を報告する。

奥村佳代子(関西大学)
1 関西大学長澤文庫本『唐韻三字話』について
2 『遊焉社常談』所収の三字について

岩田憲幸(龍谷大学)
1 九州大学附属図書館石崎文庫本『三字唐話』と国文学研究資料館本との比較
2 『三字唐話』と『唐韻三字話』との比較
3 『三字唐話』と『唐韻三字話』、『南山俗語考』との比較

岩本真理(大阪市立大学)
1 『訳通類略』千葉本所収の『三字話』と、『三字唐話』、『唐韻三字話』、『南山俗語考』との比較
2 森島中良がメモとして書き残した『代紳』『万象随筆』内の三字話(20語)について
3 『唐韻三字話』の字音の「書き直し」部分が、『南山考講記』の特殊な字音表記と一致することについての初歩的な考察


小特集・漢訳聖書研究の現在 (15:00 – 18:00 )

 日本における漢訳聖書研究は長い伝統を持ち、中国語学の領域でも、文体・方言・翻訳語・言語文化接触など、様々な角度からなされた豊富な蓄積があります。この分野における近年最大のトピックは、「幻の聖書」と言われたポワロ(賀清泰)の『古新聖経』に関わる新資料(北堂版と満漢合璧版)の公開であり、これが刺激となって、さらなる漢訳聖書研究の進展が見込まれます。
 このセッションでは、長年日本の漢訳聖書研究を牽引してきた内田慶市氏による基調報告を軸に、塩山正純氏は漢訳聖書に見る異文化翻訳の問題について、陳暁・竹越孝両氏は新発見の『古新聖経』に関わる諸問題について、萩原亮氏はロシア正教北京伝道団による漢訳聖書について報告を行います。それぞれの報告と質疑応答を通じて、これまでの漢訳聖書研究ではどのようなことがなされてきたか、これからの漢訳聖書研究はどうあるべきかを聴衆とともに考えたいと思います。

内田慶市(関西大学)
「「漢訳聖書」の様々な可能性」
 筆者が「漢訳聖書」の中国言語研究への可能性について初めて論じたのは1993年(「漢訳聖書の可能性」関西大学東西学術研究所所報第56号)のことである。それから、27年が経つが、その間、新しい資料が陸続と発見された。中でも、モリソンの「新天聖書」の藍本である白日昇(Jean Basset)による四種の稿本と、長く幻の成書と言われた賀清泰(Louis de Poirot)の『古新聖経』各種版本の発見は、漢訳聖書研究を新しい段階に進ませることになった。「漢訳聖書」(実は「漢訳聖書」のみならず、「聖教要理」等のキリスト教教義書も同様であるのだが)は、中国語の官話研究のみならず、文体論研究、翻訳論研究、更には、宣教師の言語策略等々、様々な研究領域での可能性を秘めている。今回は、そうしたことについて、概説的に述べてみたい。

塩山正純(愛知大学)
「漢訳聖書における異文化翻訳―早期漢訳・文理訳・官話訳の時間表現を例に―」
 漢訳聖書を資料として扱うと、どんなことが明らかにできるのだろうか。まず、その文体や文法・語彙の特徴を漢訳の継承関係に沿って考察する、つまり西洋人がどのように中国語を使いこなしていったのか、その過程を考察することが可能であろう。そしてもう一つ、聖書の原語である西洋諸語の文化背景に基づいて表現されているさまざまな文化事象、西洋にはあるが中国には元来無かったもの、或いは両方にあって考え方が著しく異なるものをどのように中国語で置き換えて表現していったか、という異文化翻訳の考察でも有用である。中国は伝統的に一日を96刻・12辰に分割し、十二支による時点の表現があり、清代当時も一般に通用していたところへ、1日24時間の西洋の時間概念が持ち込まれた。中国、日本における西洋時間の受容については尾崎實(1980)、松井利彦(2008)等の先行研究があるが、本報告では、近代中国のおける概念の異文化接触と翻訳の一例として、漢訳聖書(早期漢訳・文理訳・官話訳)の時間表現(時点・時量)を取り上げ、時代が下るにつれて一定の方向に収斂されていく過程を考察したい。

竹越孝(神戸市外国語大学)
「ポワロ訳『古新聖経』の成立をめぐって」
 本発表は、イエズス会士ポワロ(Louis Antoine de Poirot賀清泰,1735-1813)の手になる『旧約聖書』の満洲語訳と漢語訳について、その成立順序と成立過程を探ろうとするものである。
 ポワロ訳の『古新聖経』としては、つとに漢語版(上海徐家匯蔵書楼蔵鈔本)と満洲語版(東洋文庫蔵鈔本)の存在が知られており、想定される成立の順序としては、①満洲語訳が先、漢語訳が後;②漢語訳が先、満洲語訳が後;③双方が独立に訳された;④双方が同時に訳された、の4通りがありうる。このたびの満漢合璧版(ロシア科学アカデミー東方文献研究所蔵鈔本)の発見によって、満洲語版・漢語版双方のテキストと校合することが可能になり、解決の端緒が得られる見込みが出てきた。
 本発表では、満洲語版・漢語版及び満漢合璧版の3本における固有名詞の綴り、訳の繁簡、訳語の異同などに対する検討を通じて、この問題に対する初歩的な考察を試みたい。

陳暁(お茶の水女子大学)
「Poirot『古新聖經』とSchereschewsky『舊約全書』との比較」
 本発表では、Louis Antoine de Poirot(賀清泰)の手になる満漢合璧版『古新聖経』(19世紀初頭?)とSchereschewsky(施約瑟)訳『舊約全書』(1874)を対象として、それぞれの中国語の様相を比較してみたい。両者はともに『舊約聖書』に基づくが、前者は最早期の漢訳であり、後者はのちの漢訳に大きな影響に与えた著作である。発表では、主に以下の四点を中心に論じる。
1.『古新聖經と『舊約全書』の編纂背景について。
2.『古新聖經』の文体は口語(内田2016)、『舊約全書』の文体は官話(例言に「今乃譯以官話」とある)とされるが、北方(北京)か南方か、またそれぞれの特徴について。
3.『古新聖經』の漢訳にはいくつか明らかな誤りがあるが、その原因について。
4.『古新聖經』と『舊約全書』はともに内容や人名や地名などについて注釈を記しているが、その方針と体裁の違いについて。

萩原亮(神戸市外国語大学大学院)
「ロシア正教北京伝道団による漢訳聖書とグーリー文字の使用」
 本発表では,ロシア正教北京伝道団の宣教師である掌院グーリー(本名Григорий Платонович Карпов,1814-1882)が携わった19世紀の漢訳聖書と,そこに見られる漢字の合字「グーリー文字」について考察する。
 ロシア正教北京伝道団は1713年から1933年まで布教活動を行ったが,参加した宣教師は優れた中国学者が多く,第14次団長(1858-1864)であったグーリーもその一人である。グーリーは在任中,『東教宗鑑』(1860,1863),『聖史提要』(1860),『新遺詔聖史紀略』(1861),『聖体規定』(1863),『神攻四要』(1864),『早晩課』(1864),『新遺詔聖教』(1864),『誦経節目』(1865),『教理問答』(1865)など多数の翻訳を行ったが,これらの翻訳では,固有名詞などを表す際に,漢字を組み合わせて原音に近い音を表す「グーリー文字(固氏新字)」という表記法を導入している。例えば,Христос(ハリストス)は“合利爾斯托斯”と記され,риに当たる部分に“爾”と“利”を組み合わせた“利爾”という合字が用いられている。
 本発表では各文献に見られるグーリー文字について,その使用状況を概観するとともに,グーリー文字の基本原理や着想の来源などについて考察したいと思う。

閉会

※なお郵送した案内に、一部誤りがありました。こちらのウェブページの記載が正しいものです。訂正し、お詫びいたします。